「私の意見に、ガンガン反論してほしい。そういう心のぶつかり合いにこそ、生まれる絆というものがあるから」
ある人からこんな言葉をもらった。
それを聞いた私は、「そんなことをしたら、ただの言い争いに発展してしまうのでは?」と戸惑った。
しかし、本人曰くそれは違うらしい。
その人にとって、会話の中で声が大きくなるのは感情が高ぶっている証拠であり、あふれるエネルギーを互いにぶつけ合うことこそが、相手の「本来の姿」を強く感じられる最高の瞬間なのだという。
正直なところ、私には分かるような、分からないような感覚だった。
ただ、「世の中にはそういう愛情表現やコミュニケーションを求めるタイプの人もいるのか」と、改めて実感させられた。
おそらくこれは、エニアグラム心理学でいうところの「本能のサブタイプ」の違いによって生じる決定的な差だ。
私自身は「自己保存型」の傾向が強く、何よりも「自分の安全と平穏」を第一に考えるタイプである。
もちろん、人との深い関わり合いを本心から求めている部分はある。
しかし、それ以上に「自分の心が他者によって、良くも悪くも大きく振り回されること」を極端に嫌うのだ。
心身のエネルギーを消耗せず、一定の「自分らしさ」を保ち続けることが、生きていく上での理想だからである。
一方で、その相手はおそらく「セクシャル(融合型)」と呼ばれる、特定の相手と心身ともに深く繋がりたいという欲求が強いタイプなのだろう。
相手の深い部分を知りたいからこそ、意図的にぶつかり合いを求める。
そうやって感情のバリアを壊すことで、相手の真の姿を知り、同時に自分のことも知ってもらう。
そうした強烈な結びつきによって、心を満たすことができる人たちなのだ。
本来の感情をフルオープンにし、良い部分も悪い部分も素直にぶつけられるその人の在り方を、私は少しうらやましくも感じた。
おそらくその分、激しく傷つくことも多いのだろうけれど。
少なくとも私は、人に感情をむき出しにして伝えるのはあまり得意ではないし、そのエネルギーもない。
これは、どちらが良くてどちらが悪いという話ではない。
ただ人間にはそれぞれ、「自分にとって一番守りたいもの」が存在し、その守り方が違うだけなのだと、深く腑に落ちた出来事だった。

