数々のタイプの可能性を疑い渡り歩いてきた私だが、最終的にタイプ6に落ち着いた。
今でこそそう言えるが、そこに至るまではそれなりに迷走している。
その前は長らく自身をタイプ9だと思っており、実際そのように振る舞ってもいた。
だがエニアグラムのセミナーに参加した際、ミスタイプを指摘されたことがひとつの転機となり、最終的にタイプ6という結論に辿り着いた。
もちろん、誰かに指摘されたからといって
「はいそうですか」と即座に自認を変えたわけではない。
……いや、正直に言えば、それで確定した割合は8割くらいあるのだが。
残りの決定打になったのは、タイプ9と自認する人と実際に会話をしたときに、どうしても拭えない違和感を覚えたことだった。
ここからは性格の内面というより、雰囲気や言葉、会話の運び方といった目に見える部分の話になる。
タイプ9像にも通ずるのだが、全体的に「癒し系」であることが多いと感じる。
性別を問わず、気の抜けたしゃべり方。
あまり周囲を気にせず、思ったことをそのまま話してしまうところ。
たとえば前段階で「時間がない」と言われているにも関わらず、変わらぬペースでゆっくり話し続ける。内容自体は決して重くないのに、それを回りくどく語る、あの感じだ。
もうひとつ、タイプ9に強く感じる特徴が「掴みどころがない」という点である。
これは意図的に自己を隠すタイプ4にも一見似ているが、根本はまったく違う。
タイプ4の曖昧さの奥には「確かな存在」があるのに対し、
タイプ9の場合、その存在自体が曖昧なのだ。
そして私がタイプ6であると確信するに至った大きな理由のひとつが、タイプ9と自認する人と会話したときの「テンポの差」だった。
タイプ6は会話を続けるうちに、徐々にテンションが上がっていく傾向がある。
それに伴って話す速度が速くなったり、感情が表に出てきたりすることも少なくない。
一方でタイプ9は、最初から最後まで会話のリズムが一定だ。
まるでメトロノームのように、速度がほとんど変わらない。
大げさに言えば、戦場カメラマンの渡部陽一にも近い。
そのため、会話の出だしは同じテンポで始まっても、途中から熱量や速度のズレをはっきりと知覚するようになる。
ただし、タイプ6も9も「気の良い風体」、いわゆる無害そうな人間の雰囲気をまとうのが得意だ。ここがまた判断を難しくする。
しかしタイプ6の場合、それはあくまで「安全」を得るための余所行きの顔であり、どこか隠しきれない神経質さが滲み出ているように感じる。
タイプ6もタイプ9も、自分自身を偽ることに長けているという点では似ている。
更にその欺きは、自分自身にも適用されている。
だからこそ「あなたのその姿は本質ではない」と言われても、どこか他人事のようで、実感が湧きにくい。
けれど自分自身を真正面から見つめたとき、タイプ6と9では性格の違い以上に、「なぜペルソナを作らざるを得なかったのか」という理由が大きく異なるのではないかと感じた。
そして何より「自分はタイプ6ではないのではないか」と
一度は結論を出したにも関わらず、なおも悩み、再び別のタイプを検討し始めてしまうこの姿勢こそ、誰よりも何よりもタイプ6的ではないかと、私は思う。
だから私よ。
もう比較検討はやめて、タイプ6の健全度を上げることに力を注ごう。


