今や、ブログのプロフィールなどでもよく目にするようになった「HSP」という言葉。
この言葉が世に出始めた時期に、私も「これ、私のことでは!?」と強く感じた一人でした。
当時、個人で「HSPの集い」を主催されている方を見つけ、一度そのオンライン交流会に参加してみたことがあります。
そもそもHSPとは、感受性が非常に強く、環境や周囲の刺激に過敏に反応する先天的な「気質」を持つ人のことを指します。
ところが、その交流会で妙な違和感を覚えました。
とにかく「一人語り」が止まらない参加者がいたのです。
交流会だというのに、その人はマイクを独占して離しません。
主催者に「そろそろ…」と促されて、ようやく手放すような状態でした。
周囲の参加者からは「あぁ、また始まったよ」という呆れた空気が漂っているのが、画面越しにも伝わってきました。
「周囲の刺激に過敏に反応する」のがHSPの気質なはずなのに、私から見てその人には、そうした要素が微塵も感じられませんでした。
その光景を見て、「HSPとは、自分さえそう思えば成立してしまう『言ったもの勝ち』の個性なんだな」と強烈に感じました。
それ以来、私は自分のことをHSPだと思う事をやめました。


