今回は、見事なまでにタイプ6の典型ムーブが炸裂したので、エニアグラムメインで内容をお届けする。
家族イベントで“安堵感”が爆発した話
先日、家族とイベントに行った。
発案者は私だ。
でも家族は全員、いつも通り微妙な反応。
まあこれはいつもの流れ。
しかし、今回はなぜか大好評で「連れてってくれてありがとう!」なんて言われた。
その瞬間、私は胸を撫で下ろしすぎて肋骨が縮んだ。
いやもう本気で安堵。
“喜んでもらえた”というただそれだけの事実に、私は救われた。
同伴者が楽しくないと不安でたまらないタイプ6脳
こういうのは1回や2回じゃない。
私は同伴者がつまらなそうだと、自分の人生が終わったみたいな気分になる。
たとえ私が企画しても、私が金払っても、なぜか「相手の満足度」が私の心拍数を支配する。
この時点で自分軸消失のお知らせである。
それならばと、一人行動に逃げれば警戒心に疲れ、誰かと行けばその人の機嫌で感情が左右され、幸福の居場所がどこにも見当たらない。
エニアグラム6の「内外どちらにも安心出来ない」ってこういう地獄の構造だったなと思った。
本音どこ?問題
極めつけは、「自分は何が本音なのか」が分からなくなること。
だって一人で動くと全力で楽しめないし、二人で動くと相手の機嫌を伺ってしまう。
この時点で“自由”はファンタジー作品である。
どれだけ頑張って興味あるものに手を出しても、
“自分自身”がいないから満たされもしない。
客観的に見れば見るほど、自分は他人軸ワールドの住民で、幸せへの直通ルートがない。
「人に与えると幸せ」論の落とし穴
よくある研究で言われている「人に与えたほうが幸せが続く」ってやつ。
それ 前提が抜け落ちてる。
本来それって「自分が満たされた状態で他者に与えた場合」の話で、タイプ6のそれは違う。
私たちは“他人に不安を埋めてもらうため”に与える。
つまり、喜びのためじゃなくて“依存の延長”
これは完全に不健全ゾーンである。
こういうの真に受けてやると、あっという間に爆散するからね。
タイプ6の幸福の扱いづらさ
おそらくタイプ6は、地位があっても、お金があっても、安心の基盤が内側にない限りはずっと不安。
孤独に逃げても悪化するし、人に依存しても悪化する。
逃げ道などない!!
ではどうする? → 不安ごと抱えて進むしかない
タイプ6は、「自分は“自分がない自分”なのだ」という残酷な前提を受け入れた時、やっと光が差す。
タイプ5みたいに内側へこもっても不安。
タイプ7みたいに外へ逃げても不安。
だから唯一の攻略法は、不安と同棲しながら生きる、という現実受容。
そのためには、まず「客観性」を取り戻すことが必須。
そして客観性を取り戻す唯一の手段は…呼吸。
呼吸深めとけ
ということで、結論。
肋骨締めて深呼吸!!
…以上です。
タイプ6の人生、中々大変な部分もあるが、頑張ろう


