リアルで十数人と会う仕事があったんだけど、その空間に入った瞬間、私は即座にこう思った。
「この中に私のこと嫌ってる人、最低2人はいるよな」
はい、2:6:2の法則を言っています。
10人いたら、2人は私が好き、6人はどっちでもいい、2人は私が嫌い。(あまり嬉しくないガチャ)
で、それを思い出した時、私はさらに別のことも思い出した。
ネットの海にブログを放流している日々のことを。
アクセスを見る限り、数日で10人以上は読みに来るわけで、
つまり 累計で見ると何十人もの “私の文章で不快になった人” がいた 計算になる。
…まあ、それはそう。
人間だもの。(相田みつを)
でもここからが本題。
その「不快だった人たち」のほとんどは、
わざわざ私に「NG♡」と言いに来なかったのだ。
つまり、スルーしてくれたのである。
これ、普通にすごくない?
もちろん真実はこうだろう。
「絡む価値を感じなかっただけ」
うん、それでいい。それで最高。
むしろ、その“分別”を持てること自体が優しさだと私は思う。
事実、私はその優しさにめちゃくちゃ救われてる。
ブログを続けられてるのも、反応してくれる人+スルーしてくれる人の合作 だ。
反応をくれたらそれは嬉しい。
でも「嫌だな」と思っても、静かにそっとスルーしてくれるのも、最高に助かっている。
日本は匿名を与えると急に牙が生える国と言われるけど、一方でこういう “静かなる優しさ” も確かに生き残っている。
だから私は今日も改めて思う。
不快でもスルーしてくれるあなた、本当にありがとう。
もちろん、偏見や極論に指摘をくれる人もありがとう。
そのどっちも、この活動の力です。


