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ポジティブ心理学マインド実体験

「理想の自分」を諦めたら、生きやすくなった話

ポジティブ心理学

自己肯定感を得るには?

「自分を好きになろう」
「自分の好き嫌いを表に出していこう」

こういう記事を見ると、めちゃくちゃ応援したくなる。

と同時に、私の意見としては自己肯定をするより、「自己受容」をした方が生きやすいのでは?と感じてしまうんです。

無理に自分を好きになる努力をするより、自分を客観視して「自分の嫌な部分」を受け入れてからの方が、はるかに生きやすい。

私はよく記事で「自分をあきらめろ」と書くことが多いのですが、これは文字通りの「投げやりになれ」という意味とは少しズレています。

私が伝えたいのは、 「自分の描いた『理想』を諦めてほしい」 ということ。

「ないものねだり」を刷り込む日本の教育

「もっと頭が良ければ」 「地位が高ければ」 「自分に影響力があれば」

こういう考えの人、日本人はかなり多いですよね。 これは、日本の教育が「無いものに注目して、補う」ことをメインに行うやり方だからだと思います。
義務教育を受けた私たちは、無意識にこの考えを刷り込まれてしまっている。

ただ、そのやり方は自分を否定することと同じなんじゃないか?と思うんです。

「そんな嫌な部分すらも自分である。出来なくて良い」 この受容さえ出来れば、自分で自分の首を絞める力も、だいぶ緩められると思う。

理想を追い求めた先の「地獄」

ただ、偉そうなことを言っている私も、この考えが完全に抜けている訳ではない。
今でも、得られていないものを欲するということがやめられない。

でも冷静に考えてみれば、結局今無いものは無いんです。 しかも、仮にそれが手に入ったとしても「次のない物」を求める姿しか思い浮かばない。

これは自分の過去を振り返っても、心当たりしかありません。

人に認められたかったから、仮面をかぶって生きた

大多数の人に好かれました。でも、素の自分が受け入れられたわけではないので、何の意味もないと気づきました。

絵がもっとうまくなりたいと絵画教室に通った

「絵がうまいね」と言われました。でも、言ってくれたのは小学生でした。 私はもっと地位や権威のある人たちからの賞賛を求めていたから、それでは満足できなかった。

こんな風に、部分的に叶っても、自分が求めている形にはならないから「理想的」にはならないんです。 一個叶っても、もっと、もっと、もっとってなるんですよ。

「理想」という名のガン細胞

このエンドレスな欲求は、自己肯定感がないのも理由の一つ。 でもそれ以上に、自分を受け入れられていない証拠でもあるんだよね。

「私はこんなんじゃない!もっと認められるし、実力がある!」 みたいな。 そこには希望や、自惚れもあると思う。

でもそれが行き過ぎると、その「理想」が自分を蝕むガンになってしまう。

自分の可能性(幻)を追うのではなく、 「今、自分に出来るものを見る」

結局のところ、それが一番の自己肯定感への近道でもあると思うのです。

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