今回は、ジュリア・ケラー著『QUITTING やめる力』の感想を書いていきます。
昨日、『GRIT やり抜く力』の感想文を書きましたが、今回はまさにその本に対する「対抗本」と言える一冊です。

出版年は『GRIT』が2016年、対して『QUITTING』は2023年。
期間には開きがありますが、内容を読む限り、『GRIT』をかなり意識して書かれた本であることがわかります。
「ただ辞めること」を推奨する本ではない
まず、この本を読んだ私の一言感想をお伝えします。
それは、この本は、むやみに『やめること』を推奨する本ではないということです。
本書の本当の目的は、「やめること=恥」だと思い込むのをやめてほしい、という点にあります。そして「やめる」という選択肢を最初から消してしまうことによって起こるデメリットについて語られています。
私がこの本を読んで改めて感じたのは、「やめる力」というのは、自分の人生について深く考えた結果として選ばれる「ひとつの選択肢」である、ということです。
そのため、最近何かと話題に上がりがちな「新卒が数時間で退職した」というような突発的な行動には、おそらくこの本の内容はあまり当てはまりません。
やめることも時には必要ですが、それは「やめた後の未来」について熟考したゆえの決断であることが大前提なのです。
「忍耐こそ正義」の裏側にあるもの
本書の中で非常に興味深かったのは、「度々『忍耐力』がもてはやされるのは、そちらの方が上級国民(支配層)にとって都合が良いからだ」という指摘です。
自己啓発の祖と言われるサミュエル・スマイルズという人物は、反乱を起こしかねない低所得者層をどう諫めるかを考えた際、
「忍耐するからこそ道が開ける。そこから逃げるのは良くないことだ」
と暗に示唆する自己啓発本(『自助論』)を出版したそうです。
そうすることで、「今の苦しい状況なのは、自分に非がある(努力が足りない)からだ」と自責の念を抱かせ、その場から動かせないようにすることが狙いだったと本書では語られています。
そしてこの風潮は、令和の現代にも続いています。
この歴史的背景について、私個人としては何とも言えない感情を抱きましたが、確かに「自助努力や忍耐こそがすべて」と正当化しすぎてしまうと、先天的な事情を持つ方や、慎ましく生きていたのに突然災害に見舞われた方など、個人の努力ではどうにもならない人々はどうなるんだ、という話になります。
それこそ努力ではなく、単なる「運」の問題だからです。
私自身も「忍耐こそが絶対の正義」という考えには違和感を持っているので、やたらと耐え忍ぶことばかりが持ち上げられる風潮には、あまり良い気分はしません。
科学的根拠より体験談。そして見えてくる「忍耐」
ただ、この本については、科学的なデータや根拠が語られている箇所は少し少ないな、と感じる部分もありました。
内容の大部分は、「やめること」で成功してきた人々の体験談で構成されています。
そして、そのどれもが、本人たちがその時々で深く考え、未来と天秤にかけた結果の決断でした。
さらに言えば、体験談に登場する人々の中で、会社を辞めて社会的地位を得ることに成功している人は、転職回数はおおよそ3、4回程度でした。
「やめる力」というタイトルから、嫌だと思ったらすぐに行動を起こし、どんどん環境を変えて進んでいくようなイメージを持って読み始めたのですが、結果としては「そんなにポンポンやめるわけではないのだな」というのが率直な感想です。
そのことからもわかるように、実はこの本の中でも随所で「忍耐の大切さ」は語られています。
熟考し、忍耐した上での「やめる力」。
『GRIT やり抜く力』の対抗本のような顔をしていますが、実はその本質は「地続き」なのだと感じさせる、非常に興味深い一冊でした。

