昔からよく「何でも肯定してくれるね」と言われる。
いつもなら聞き流してしまう言葉なのだが、その時はなぜか気になり、ふと相手に問いかけてみた。
「人の話を聞いているとき、否定的な意見が浮かぶことはありますか?」と。
すると相手は、「まあ、自分の考えと違えば思い浮かぶかな」と教えてくれた。
正直なところ、私にはその感覚がいまいちピンとこなかった。
人の話なんて、そのほとんどが主観だ。
相手の中で結論が出ている感情に対して、なぜわざわざ否定する必要があるのだろうか。
そこで、少し考えさせられた。
人は誰しも「自分の中の物差し」で善悪を測っている。
それはもちろん、私も同じだ。
自分の身の回りで起きた出来事を自分の物差しで測り、その結果として様々な感情に揺れている。
ただ、他人の感情までも自分の物差しで測ってしまう人は、案外多いのかもしれない。
そして私自身、最近それをやってしまっていたと気づかされる出来事があった。
私の周りに、何かにつけて一言多い人がいた。
私はそれを自分への嫌味や当てつけだと思い込み、「そういう言い方は凹むからやめてほしい」と伝えた。
ところが、相手の意図は全く別のところにあったのだ。
私を焦らせないよう繰り返しアラートを出していただけで、今後私が同じミスで困らないようにという配慮だった。
「言い方が悪かった、申し訳ない」と、相手は真剣に謝ってくれた。
私自身もまた、他人の行動を自分の主観という物差しで勝手に測っていたのだ。
そのことに気づかされた、苦くも大切な瞬間だった。


