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エニアグラム

タイプごとの「能力差」について思うこと。タイプ6に焦点を当てて

エニアグラム

エニアグラムにおけるタイプ6は、他のタイプと比べると「特筆すべき個性」が薄いように感じてしまう。

「忠誠」「不安」「従順」

並べられた言葉はどれも他者に依存しているようで、個別の強みというよりは、むしろ没個性な大衆的特徴にすら見えてしまうのだ。

エニアグラムの解説書といえば、ドン・リチャード・リソとラス・ハドソンによる共著が有名だ。私自身も彼らの本をメインに読み込んできたし、その内容は非常に緻密で論理的だと思う。

だが、読み進めるうちに拭いきれない違和感があった。
それは、タイプ間の「華やかさ」や「有能感」にどうしても格差があるように見えてしまうことだ。彼らの記述の中では、タイプ6はどうしても「恐れに支配された弱者」という映り方をしてしまう。

もちろん、本の中には「どのタイプが優劣というわけではない」という大前提が書かれている。
けれども、内容をすべて読んだ上での正直な感想を言わせてもらえば、「流石にそれは納得できないだろう」と感じずにはいられなかった。

しかし最近、ある本を読んでタイプ6のイメージが変化した。 ヘレン・パーマー著の『エニアグラム:職場で生かす9つの性格』を読んだ時のことだ。

リソとパーマー、どちらの理論も根本的な違いがあるわけではない。

ただ、パーマーの本は、各タイプの長所と短所をいかに「同等」に描くかに細心の注意を払っているように感じられた。

能力値を極力フラットに表現しようとするあまり、若干特徴が掴みにくいという側面はあるものの、それでもタイプ6の「嫌な部分」ではなく「良い面」に重点を置いて照らしていた。

本来持っているはずの「勇気」や「誠実さ」、そして「予知的な危機管理能力」。
こうした部分がもっと表に出ていれば、タイプ6のネガティブなイメージはここまで定着しなかったのではないかと思う事もある。

リソの描く『恐れ』を、パーマーの視点で『責任感』と読み替えてみる。
すると、タイプ6は単なる「守られたい存在」から、基盤を支える「守る存在」へと進化するのだ。

リソも同様の記述があるし、間違っているわけではない。
けれど、それだけではどうしても考えが偏ってしまう。多角的な視点を持つことの大切さを、改めて実感した出来事だった。

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