自分が「変わり者」であるという自覚はある。
誰かに「そんなことないよ」と否定されたとしても、それでもいい。
ただ、どうしても納得できないことが一つある。
それは、世の中の窮屈さだ。
端的に言って、生きにくい。
「正直者は馬鹿を見る」という言葉があるが、人生のビギナー時代、私はまさにその通りの日々を送っていた。
今は「自分の気持ちも、起きた出来事も話さない」と徹底することで、その生きづらさからはなんとか逃れられている。
…のだが、そうすると別の問題が浮上する。
世の中が、死ぬほどつまらなくなるのだ。
なぜあえてこれを「変わり者」の話として書いているのか。
もし、本音を出せば爪弾きにされるような、このしんどさが「変わり者だけの悩み」ではないとしたら、この世はあまりに過酷すぎる、と言いたいからだ。
この生きづらさが「人間の標準装備」だなんて、認めたくない。
大多数の人がそこそこ生きやすい時代なら、「生きるのが辛いのは自分に問題があるからだ」と納得もできる。
けれど、もし大多数が同じように辛さを抱えているなら、狂っているのは世界の方だ。
しかし悲しいかな、最近はどうやら後者が現実に近いらしい。
ある記事で読んだが、現代のように技術が発達した社会で「普通」に生きるには、IQが110(偏差値60程度)が必要らしい。
平均IQは100とされるため、私を含めた人類の半数は、必然的に「生きにくい」側に振り分けられる。
高IQでも個性ゆえに苦しむ層を加味すれば、世の中の実に7割が「生きるのがつらい」と感じている計算になる。
あまりに恐ろしい現実ではないか。
では、どうするか。
生きづらさを抱える人間には、性格を「変えるか・耐えるか」、一般的なルートに「従うか・逸れるか」の選択が迫られる。
たぶん私は、性格を「変えて」、一般的な生き方から「逸れる」道を選ぶだろう。
それが、狂った世の中で私が悔いなく生きられる唯一の手段だと思うから。

