SNSが生活の中心に入り込んでからというもの、
「数字を気にせずに生きること」は難しくなった。
私もそのひとりだ。
好きなことをして、そこに反応があると嬉しい。
それは自然な感情だと思う。
けれどいつの間にか、
「好きだからやる」ではなく、
「数字を得るためにやる」に変わってしまう。
そうなると、それはもう“作業”になる。
評価を得ることが目的になり、
好きだったことにも疲れて、
気づけば何も手につかなくなっている。
たぶん私は、
“競うことによる摩耗”から自分を守ろうとしているのだと思う。
仕事の成果と、SNSの「いいね」は似ている。
どちらも「どれだけ他者に有益か」で判断される。
形は違えど、根っこは「他人の目」だ。
気づけば、評価されないことをするのは無駄だと感じる自分がいた。
“自分のため”より、“誰かのため”。
そうしなければ、自分の存在を肯定できない気がしていた。
でも最近、少しだけ考えが変わってきた。
他人の役に立たなくてもいい。
誰かに理解されなくてもいい。
それでも「自分が楽しい」と思える瞬間があるなら、
それはもう“自分軸”で生きているのかもしれない。
他人からの評価ではなく、
“自分が心地よいかどうか”で生き方を選べたとき、
やっと「本物の自分軸」に近づけるのだと思う。
SNSがどう変わっても、
人の評価がどれだけ不安を煽っても、
自分が心から楽しいと思えることを見失わないでいたい。
私もまだ、自分の軸を探している途中だ。
けれど、その途中こそが生きている証のようにも感じる。


