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矯正された自由

つぶやき

最近、自分でも思う。
「本音の抑えが効かなくなってきたな」と。
たぶん加齢のせいで理性のリミッターが緩んでいるのだろう。
おかげで生きやすくなった。けれど、そのぶん周りから人が消えていく。
以前のように取り繕えば人は寄ってくるが、今度は自分が息苦しくなる。
この“グレーゾーン”の生き方が、どうにも難しい。

幼いころの私は、とんでもなく自由だった。
「入るな」と言われれば迷わず入るし、「やれ」と言われれば絶対にやらない。
やりたいことしかしない。

──そんな、母親泣かせの小さな反逆者だった。
母のママ友たちからは「手のつけられない子」と評され、母は慰められていた。

ところが、小学校に入るや否や、私は“社会化”という名の魔法にかけられた。
先生とクラスメイトの手によって、見事に「いい子」に矯正されたのだ。
共感できなくても「そうだね」と言い、
納得していなくても「すみません」と笑顔で謝る。
気づけば、“自分”を出すことが怖くなっていた。

そして今。
本音で生きることを選んだはずなのに、
なぜか人前で肩の力を抜けない。
相手を“敵か味方”でしか見られず、
結局「今日の友は明日の敵」判定を下してしまう。

立ち回りがうまくできず、まるで地を這いずり回る虫のように、
もがきながら生きている。

そんな自分を少しでもましにするために、
本気の恋より、まずは「会話の筋トレ」から。

そう思えば、マッチングアプリも悪くないかもしれない。

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