先日、「お恥ずかしながら、窓際社員」という記事を投稿しました。
公開してから改めて読み返し、そこでまた新たに感じたことがあったので、ここにまとめてみます。
あの記事を投稿したあと、フォロワー数が減りました。
覚悟はしていたものの、やはり現実を目の当たりにすると悲しかったです。
他者からの承認が得られなかったことで、「自分は社会的に受け入れられない人間なんだ」と感じてしまったのでしょう。
それから少しの間、目にする他の記事すべてが、まるで自分への当てつけや攻撃、あるいは哀れみを含んでいるかのように見えました。
極めつけは、自分の書いた記事さえも、ただの自己正当化に見えてしまうこと。
これは恐らく、自分で自分を攻撃している状態なのだと思います。
フォロワーが減った
→受け入れられない私は間違いを犯した
→許されてはいけない
→自分はダメな奴。
この「認知の歪み」のせいで、自分自身に対する否定的な感情が、他者という鏡を通して跳ね返り、自分を攻撃しているように感じていたのです。
冷静に見れば、無意識に自分で自分を傷つけているだけなのに。
もし逆に、フォロワーが減るどころか擁護の声で溢れていたらどうだったか。
きっと「窓際社員でも許される私」という、自分への甘えを含んだ別の「歪み」が生まれていた気がします。
ここからもう一つ、見えてきたものがあります。
それは私の根底にある「他者軸」、そして承認欲求の強さです。
結果が良くても悪くても、結局は他者からの反応で自分の正解・不正解を決めてしまっている。
それは、以前から私が求めていた「強さ」とは真逆のものです。
頭では分かっていたことでも、具体的な痛みを伴う体験をしたことで、よりリアルに実感できました。
最初は書かないほうがいいと迷った記事でしたが、こうして感情を言語化したことで、自分の客観視が一歩進みました。
やはり、書いてよかった。
今はそう思えます。



