職場や日常の中で、理由もなく「この人、ちょっと無理かも」と感じることはないだろうか。
私はまさに今、その感覚に直面している。
長い間、ただの「生理的な苦手」と思っていたけれど、
最近になってようやく、その奥にある“自分の心理”が見えてきた気がする。
苦手な人との出会い
私には、職場にどうしても生理的に苦手な人がいる。
その人は私の後に入社したのだが、初対面の瞬間から「この人は無理かも」と感じた。
空気の密度が少し変わったような、居心地の悪い違和感があったのを覚えている。
相手は、自分軸の強い人だった。
その強さに圧倒されるような感覚と同時に、
「この人が来たら、自分のペースが乱れる」と直感した。
その予感は、案の定的中することになる。
その人は、社長の方針転換に合わせて配置された人だった。
その入社をきっかけに、会社の事業方針や業務の流れが大きく変わった。
自分のペースをつかんだと思ったところで、それが崩された。
その人が来たことで、自分の存在価値や立ち位置が揺らぐような気がした。
そんなふうに心をかき混ぜられる感覚が、とにかく不快だった。
そのときに感じた怒りや戸惑いが、「苦手」という感情に変わっていったのだと思う。
怒りの正体に気づく
それから半年以上の時間が経ってから、ようやく気づいた。
私は、相手そのものを嫌っていたわけではない。
“自分の秩序を壊されたこと”に、怒っていたのだ。
昔から私は、好き嫌いがはっきりしている。
理由は説明できなくても、「この人とは関わりたくない」と直感することがある。
思い返せば、その対象はいつも“混沌を運んでくる人”だった気がする。
私は、自分のペースや流れを大切にしたい人間だ。
予想外の出来事や、他人の強い主張に心をかき乱されると、
頭の中で小さなアラームが鳴る。
その感覚が、無意識のうちに“拒絶”へと変わる。
それが、いわゆる「生理的に無理」という感情なのだと思う。
自分との向き合い方
これからも環境を変えても、苦手な人が現れ続けるだろう。
そして私は、そのたびに拒絶反応を起こすんだ。
でも最近は、その“嫌い”という感情も、
自分を知るためのサインなのかもしれないと思うようになった。
相手を拒むことで、私は「自分の中の安定を壊されたくない」と気づく。
その正体が見えれば、感情は少しずつ“グレー”へと変化していく。
今の私にできることは、自分の範囲を線引きし、
把握できる範囲をあらかじめ決めておくこと。
どこまでが自分の責任で、どこからが他人の領域なのか。
それを整理するだけで、少しだけ呼吸がしやすくなる気がする。
もしまた、勝手に土壌を荒らされるような状況になったら、
「何をしてほしいのか」を最初に聞けばいい。
そうすれば、この会社も、もっと居やすい場所になっていくのかもしれない。
終わりに
苦手な人は、私が“自分を守るための境界”を教えてくれる存在なのかもしれないと感じるキッカケでした。
不快な感情の奥には、いつも「自分を守りたい」という小さな声がある。
その声を無視せずに受け止めていけたら、
たとえ誰かを好きになれなくても、少しだけ自分と仲直りできる気がする。
人間関係のストレスは、他人を変えることで解決しない。
けれど、自分の“境界”を意識することで、心の揺れは少し穏やかになる。
「苦手な人」との関係は、実は“自分の扱い方”を教えてくれる鏡なのかもしれない。


