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可能性を見てこなかったのは

つぶやき

自分の性格で「治したい」と思うところはいくつかある。
その中でも一番大きいのは、自分の内にも現実の外にも居場所を確立できない性分だ。

私は、自分を“主役”だと思わずに生きていた。
正確に言えば、「主役にはなりたいけど、主役になるほど自分を信用できない」のだ。

だから、自分なりに挑戦してきたつもりでいたけれど、
本当にやりたいことや挑戦したいことはしてこなかったと、今振り返ってみると実感する。

本当は興味がもっと広かったし、多かった。
物事にも人にも沢山興味を持った。
でも正面から向き合うのは怖かった。

だから私は、「上手くいかない」と決めつけて、最初からその選択肢を見ないふりをしていた。
あくまで「自分の考えの範囲内」で進められる物事・人物にしか関われなかった。
手が届かない世界は意識的に見ないようにしていたのだ。

欲求を顕在化させないように生きることで、人生へのブレーキをかけ、常に冷静でいられる範囲でしか活動してこなかった。

今思えば、それは自分への過小評価だったのだと思う。

その行動を行う理由は明確で、
「主役になることで起こる面倒な出来事」に対処できないから。
感情が振れたとき、パニックになる自分を抑えきれないし、主役として生きる責任を負いたくない。
右も左も分からない世界に立つのが、怖い。

だから私は、挑戦よりも“安全”を選び続けてきた…と今なら分かる。
それがどこかで、自分を小さくしていたのかもしれない。

ただそれは、「逃げた」訳でもないと思う。
主役になれなかった理由をただの「弱さ」として終わらせるには惜しいと思う。
そこにはちゃんと、私なりの生存戦略があった上での行動だ。

実際、感情の波に呑まれる自分を知っているからこそ、冷静に、慎重に動けた。
そのお陰で、人に助けられ、今までの人生の波を乗り切っていた。

それが「自信がない自分なりの守り方」だったのだ。

じゃあこれからはどうしようか。
最初は、失敗への恐怖を隠そうとするのを控えてみよう。
ただ純粋にこれからの行動が「怖い」と打ち明けたり。

過去では失敗したけど、人が変えれば、結果も変わる…かもしれない。
だって重要なのは、自分で決めて、自分を信じれる肯定感を作ることなのだから。

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