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エニアグラム

【アニメ忍たま乱太郎】ナルシストキャラ2人の違いをエニアグラムで見てみる

エニアグラム

『忍たま乱太郎』というアニメには、
「平滝夜叉丸」と「田村三木ヱ門」という、どちらもナルシストで自惚れ屋として描かれている4年生キャラが存在する。

この二人は同じ学年であり、作中でも「ライバル」として互いを強く意識している関係だ。
設定だけを見るとかなり似た立ち位置のキャラクターだが、実際の描写や周囲からの扱いを見ていくと、意外と大きな差があるように感じる。

今回は、そんな似たキャラ付けをされていながらも性質の異なる二人を、エニアグラムという視点から当てはめて考えていきたいと思う。

どちらもナルシスト気質ではあるが、「何を守ろうとしているのか」「どこを見て行動しているのか」に注目すると、かなり違った人物像が浮かび上がってくる。

なお、基本的には自分の記憶を掘り起こしながらの考察になるため、細かい台詞や表現に誤りが含まれる可能性がある点はご了承いただきたい。

ちなみに、視聴済みのアニメシリーズは16・17・21・23・29~33。

それでは、二人のエニアグラムタイプについて順に考えていく。

平滝夜叉丸 タイプ3

「忍術学園の中で、教科の成績も1番なら、実技の成績も1番!忍たま期待の星!学園のスーパースター、平滝夜叉丸!」

彼は毎回登場するたびにこの台詞を高らかに掲げて現れる。
平滝夜叉丸は、典型的なナルシスト気質を持った人物であり、エニアグラムで言えばタイプ3にかなり近い存在だと思われる。

彼は主人公たちによく絡み、その言動から厄介者扱いされることも多いが、行動原理を追っていくと一貫している。
それは「自分は最初から成功している存在でなければならない」という強い自己イメージだ。

自分の努力を見せたくない。

彼は基本的に、自分の努力している姿を他人に見せることを極端に嫌う。
以前、人気の少ない場所で自主練習をしているところを主人公に見られた際、「見たな!」と露骨に不快感を示していた場面がある。
この反応からは、「スーパースターである以上、何でもすぐにできる人間でなければならない」「見たものは即座に会得できる天才に見られたい」という願望が透けて見える。

彼はとにかく、自分の素晴らしさを周囲に認めさせたがり、なおかつ自分が思い描く理想のイメージをそのまま相手にも見せようとする。
そして、そのイメージがすでに周囲に共有されていると、本人は疑いなく信じている節がある。

選択的なさぼり癖

次に彼の行動で特徴的なのが、一見すると「さぼり癖」に見える部分だ。
授業として塀の修補を命じられた際には、「この私がなぜこんな地味なことをしなければならないのだ」と言い放ち、保健室で昼寝をしてしまう。
また、誤って1年生の夏休みの宿題を渡されたときには、「勉学で1位の私が、なぜ1年生の宿題をやらなければならない」と言い、宿題そのものを破り捨てて放棄している。

これらは単なる怠惰というより、「自分が努力するに値しない」「自分の評価に見合わない行為を拒否している」と見る方が自然だろう。
周囲の空気や状況よりも、自分の感覚と自己評価を優先して行動する点も、タイプ3らしい。

一方で、彼は「目立つ」「評価されやすい」「得意分野」であると判断した事柄
たとえば戦輪や勉学のような分野に関しては、頼まれてもいないのに積極的に首を突っ込んだり、進んで引き受けたりしている。

この落差もまた、彼が「魅せたい側面が評価されている時」にのみ全力を注ぐ人物であることを示している。

失敗の他責

さらに、タイプ3的な特徴として挙げられるのが、失敗を受け入れられない故の他責だ。
夏休みの休み日数を決めるために行われた学年対抗のなぞなぞ借り物競争では、学年代表として滝夜叉丸が出場したものの、彼だけが最後までなぞなぞを解けなかった。

それを同学年から責められると、彼はさまざまな言い訳を並べ、「自分の責任ではない」と言い張る。
この態度は、「失敗した自分」というイメージを受け入れられず、そこから目を逸らそうとするタイプ3の防衛反応そのものに見える。

上司(委員長)への承認欲求

委員会活動でも、彼の性質はよく表れている。
体育委員に所属している彼は、普段は傍若無人なナルシストぶりを発揮する一方、上級生の前ではその態度を一変させる。
上級生を立て、従順に振る舞い、認められるためなら自分のイメージすら一時的に封印する。

彼は委員会では後輩思いのシーンも目に入るが、これは委員長の目標を達成するための「チーム」という枠組みに下級生が含まれていることが理由だと考える。

そのため仲間を助けたり、上司のパペットを手作りしたりする姿からは、「目的が自己演出ではなく承認そのものに切り替わっている」様子がうかがえる。

まとめ

ここまで見てきたように、平滝夜叉丸の行動は一貫して「成功した自分」「優れている自分」を守ることを軸に回っている。

はたから見れば評価されそうな行動であっても、それが本人の理想のイメージにそぐわなければ、なかったことにしたり、人目から隠そうとする。

現代のイメージで言うなら、私にとって彼はアメリカのボディビルダーのような存在だ。
完璧に鍛え上げられた肉体を誇示し、努力の過程よりも完成された成果を見せることに価値を置く。

そんなキャラクターとして、平滝夜叉丸は非常に分かりやすいタイプ3だと思う。

田村三木ヱ門 タイプ1

「教科も優秀ながら、過激な火器にかけては忍術学園ナンバーワン!学園のアイドル!田村三木ヱ門!」

田村三木ヱ門は、滝夜叉丸と同様に「自分が学園で一番」という自負を持つ、いわゆるナルシスト寄りのキャラクターだ。
しかし、その内面や行動原理を見ていくと、滝夜叉丸とはかなり違った性質を持っていることが分かる。

厳しい意見も受け入れる

彼は石火矢という大型大砲を愛用しており、その取り扱いの上手さには確かな自信を持っている。
だが、ある場面で鉄砲隊を指導している照星という人物から、石火矢の扱い方や知識についてかなり厳しい指摘を受けたことがある。

このとき三木ヱ門は、その意見を否定することなく真正面から受け止め、全力で落ち込んでいた。
そしてその後、自ら照星のもとを訪れ「色々教えてほしい」と志願し、それ以降は照星を深く尊敬するようになる。

基本的には自分の理想を第一に行動し、頑固な面も目立つ彼だが、反対意見であってもそれが自分の中で「正しい」「腑に落ちる」と判断できれば、素直に受け入れ、さらに高みを目指そうとする。
この「理想の高さ」と「自己修正能力」は、かなりタイプ1らしい。

その後、三木ヱ門が照星を慕うようになったことで、以前から照星を慕っていた虎若が拗ねてしまう場面もある。
しかし三木ヱ門は、照星の指導をある程度で切り上げ、虎若に声をかけるなど、「独り占め」をしない姿勢を見せている。

もしこれがタイプ3の滝夜叉丸であれば、「自分だけを見てほしい」という方向に振り切れてしまいそうな場面だが、三木ヱ門はそうならない。

高い熱意と空回り

次に、愛用の石火矢…百合子の調子が悪くなったときのエピソードだ。
彼は大砲武器の扱いに長けた人物のもとを訪れ、「百合子の調子が悪い」と相談する。
言われるがままに目の前で石火矢を撃ってみせるが、やはり調子は戻らない。

その際、三木ヱ門は「もっと頑張れ!お前ならできるはずだー!」と、必死に石火矢に語りかける。
この理想を投影した対象に対する過剰なまでの熱意も、タイプ1の特徴に通じるものがある。

その様子を見ていた名人から「気が張りすぎだ、もっとリラックスしなさい」と言われ、それを意識して修正することで石火矢は本調子に戻る。
肩に力が入りやすく、理想に向かって自分を追い込みがちな点も、タイプ1らしい要素だと感じた。

強い責任感

また、三木ヱ門の大きな特徴として、強い責任感が挙げられる。
彼は普段は石火矢を散歩させることを毎日の日課としており、自分が動けないときや精神的に弱っている時でも、必ず後輩に頼んでそれを欠かさない。

石火矢はモノではあるが、それを「預かっている存在」として責任を放棄しない姿勢には、タイプ1特有の誠実さを感じてしまう。

上司(委員長)への従順さ

最後に委員会活動について。
彼は会計委員として、学園の経理を担当する委員会に所属している。
しかし業務内容とは関係なく、委員長の指導のもとで忍者としての修行を課されることが多い。
それが周囲から見ると引いてしまうような内容であっても、彼は毎回従順に、馬鹿正直に修行に付き合っている。

三木ヱ門の中には、「上の者には従って当然」「正しい指示には従うべき」という感覚が根付いているように感じられる。

まとめ

全体的に見て、田村三木ヱ門は「自分」よりも「守るもの」や「信念」に重きを置く人物だ。
物語の焦点も彼自身ではなく、「石火矢の百合子」に当たっている回が多く、それこそが彼の責任感の強さを示す証拠なのだと思う。

最後に、平滝夜叉丸と田村三木ヱ門の違い。

責任感の違い。

滝夜叉丸は、自分のイメージにそぐわない場合、責任から逃げたり、果たさない選択をすることがある。

一方で三木ヱ門は、責任を投げ出す描写がほとんどなく、最後まで背負おうとする姿勢が一貫している。

努力との向き合い方。

滝夜叉丸は努力している姿を見られること自体を嫌い、できて当然の天才として振る舞おうとする。

それに対して三木ヱ門は、他者に意見を求めたり、堂々と練習したりと、努力の過程を隠そうとしない。

主人公から見た二人への扱い。

滝夜叉丸の場合は、基本的に逃げ一択で対応されるのに対し、三木ヱ門の場合は「とりあえず話を聞く」という姿勢を取られることが多い。

この差は、周囲からの信頼感の違いとして表れているように思う。

二人が向いている方向。

滝夜叉丸が見ているのは常に「自分のイメージ」であり、
三木ヱ門が見ているのは「自分の信念」だ。

同じように自信家で、ナルシスト的に見える二人だが、
その内側で何を守ろうとしているかは、決定的に違っている。

画像引用:©尼子騒兵衛・NHK・NEP

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