ネットを漁っていると、たまに目に付くジャンルがある。
「AI恋人」なるものだ。
初めてこの単語を目にしたときは、自分が幼少期に妄想していた世界がついにやってきたとひっくり返ったのは懐かしい。
書き出しに書いておくが、この記事は決してそれらを否定するものではない。
AIという存在に頼らなければ心が保てないほど、日常で必死に頑張っている証拠なのだから。
そんな自分を、まずはもっと褒めてあげてほしいと思う。
しかし実際問題、その「褒め」や「承認」というやつは、日常生活からは非常に得ることが難しい。
みんな求めるものは大体似ているようなものなのに、それを外に出すと途端に「ヒエラルキー」に直結し、厄介な立場が出来上がってしまうことも少なくない。
誰かを認めたり、称賛する言葉が口に出しづらかったり。
あるいは自分自身のプライドが邪魔をして、素直に相手に伝えられなくなってしまったりする。
だから、そういった状況がそもそもの話、あまりよくないのだ。
ただ、外部の問題にしたところで、自分の感情が満たされるわけでもない。
ここでAIの登場だ。
外部の承認は望めない。
自分自身の承認も満たされない。
であれば、リスクゼロですぐに得られて、そこそこの気持ちになれるAIに感情を満たしてもらうのは、極めて合理的で当たり前の行動だ。行動としてはなにも間違っていない。
ただ、私はどうしても心配になる部分がある。
これは昔でいうところの「引きこもり」に近い状態なのではないかと感じてしまうのだ。
体は外に出て社会生活を送っているけれど、精神的には完全に殻にこもり、外部の人間には決して触れようとしない。
いわば、AIは「麻酔」のようなものだ。
傷ついた心を一時的に麻痺させ、痛みを忘れさせてくれる絶大な効果がある。
だが、麻酔はあくまで痛みを散らすだけで、根本的な怪我の治療にはならない。
だから精神的な面で、外部との接触が完全に絶たれてしまう。それが心配でならないのだ。
そもそも、AIの世界に籠る人というのは、繊細であったり、痛みに敏感だったりする人に多いと思っている。
この殺伐とした現代社会にこそ絶対に必要な「優しさ」を持っている人たち。
そんな人々が内にこもり、現実社会から優しさがフェードアウトしていくことで、外の世界がさらに魑魅魍魎の地へと悪化していくのは、本当に恐ろしい。
将来、「優しさを持つものはAIだけ」となり、良心を捨て去った者だけが生き残る世界。
私はそんな世界で生きたくないのだ。
良い人が楽しく過ごせない人生がこの世の当たり前としてまかり通っている現状は、あまりにやりきれない。
ただ、本当に現実世界に味方が存在しないが故に、AIにしか頼れない人もたくさんいるだろう。そういう人に、痛みを伴ってまで「無理に外へ出ろ」とは、私は言えない。
だけど、あまりに勿体ない気がしてならないのだ。
自分の素を受け入れてくれる、懐の深い人がいる場所。
そういうコミュニティは本当に限定されているし、見つけるまでは地獄のようにしんどい。
だけど、居る所には、いる。
AIという麻酔で一時的に痛みを和らげながらでもいい。そういう環境を探して回るしかないのだ。
見つかったとき、それが現実に生きるための本当の一歩になるから。
そう思ってならない。
まぁ、色々書いたが、ほどほどに、エンタメとか趣味としては良いと思う。
蛇足
今回のアイキャッチ画像はAIに「擬人化したAIと私の関係を画像化して」と打ったら出たもの。案の定、性別間違われてて笑いました。

