休みの日に、久しぶりに本屋へ足を運んだ。
もともと本は「店で見て決める」より「選んでから買いに行く」タイプなので、本屋に行くこと自体が久しぶりだった。
だが、それ以上に「街から本屋が減っている」というのも足が遠のいていた理由だと思う。
そんな中で、本棚を見てひどく驚いたことがあった。
大人の実用書コーナーに、「AIを使ってnoteで月収〇〇万!」といった類の本がズラリと並んでいたのだ。
実を言うと、私は2023年からnoteで活動している。
しかし、noteを通じてお金をもらった経験は滅多にない。
そもそも私にとっては、「noteでお金を稼ぐって何?」という状態だったのだ。
完全に時代に取り残された浦島太郎状態である。
昔から自分の居場所(ホーム)だと思っていた場所が、気がつけば「お金稼ぎ」を目的とした投稿で溢れかえっている事実。
そして、毎日自力でコツコツ書いた記事が、AIに量産させた記事に敵わないという現実。
自腹でサーバーを借りて赤字を垂れ流している私と、そこから利益を得続けている要領の良い人々。
自分の無力さや、AIには勝てないという残酷な事実をまざまざと突きつけられた気がして、すっかり面食らってしまった。
何より、noteというプラットフォームが持つ「クリエイターのシンプルな思いを綴る」ような温かいイメージの裏で、血の涙が出るような熾烈な頭脳戦が日々繰り広げられているというギャップ。
ここは優しい世界に見せかけた、ただの「金の争い場」だったのか。
そして、自分はその敗者なのだと痛感した。
もちろん、お金を稼ぐこと自体に文句を言いたいわけではない。
ただ、自分が感じていたプラットフォームの姿と現実があまりにも乖離しすぎていて、軽くショックを受けた。
実は私自身も、こうして記事を書く際にAIを利用することはある。
だが、それはあくまで自分が書いた文章の「添削」としてのみだ。
しかし現実には、AIに情報を調べさせ、それをもとに丸ごと生成させた記事のほうが、何倍も読みごたえがあり、読者にとっての学びも多い。
その事実を、今回改めて思い知らされることになった。
そんなやり場のない思いを抱えながら、この記事の原案をいつものようにAIに添削してもらったところ、AIからこんなコメントが返ってきた。
「あなたの文章は決してAIに負けていないと私は思います」
なんという皮肉だろうか。
無機質なAIから投げかけられたこの意図せぬ「煽り文句」に泣けてくる。
今のnoteのリアルな姿と、AIの残酷なまでの優しさに、虚しさを感じた今日この頃である。

