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つぶやき

「人のため」は自分が消える劇薬

つぶやき

私は「人のために善行をする」という精神が得意ではない。
献血やボランティアに行ったりもするが、それを「人のため」と考えた途端に萎えてしまう。
なんだか搾取されている感覚に陥るのだ。

でも、この感覚は生まれつきのものではない。
私は昔、馬鹿正直すぎて、学生時代に何度も利用されてきた。
嫌だと思っていても、周囲の状況に従わなければならないという空気に負けていた。

「ここで勝たせてくれたら」「これをくれれば」。
そうした「自分を適当に扱われた」「利用された」という嫌な体験が、今もこびりついている。

だからこそ、二度と自分を安売りしたくないという防衛本能が働いているのだと思う。

今の私は、すべての行動を「Win-Win」で、かつ「自分で決める」ことを指針にしている。
献血やボランティアに行くのも、善行だからではなく「食べ物がもらえるから」という自分なりのメリットがあるからだ。

「言われたから行く」という受動的な構造になると、相手の意思に動かされている気がして窮屈になる。

私は「期待」という構造が嫌いだ。
人に期待しない代わりに、私にも期待しないでほしい。

もし何かを求めるなら、お互いが納得した上でWin-Winになる取引でありたい。
自分のことは自分の中で完結させたいのだ。

それに、「人のために」と動いていると、自分が消える感覚がある。
本来の目的が霞み、相手の感情や状況に飲み込まれてしまう。

それがひたすら気持ち悪く、一人になってから自分を取り戻すのに多大な労力がかかる。

ただし、例外はある。

私のことを心から大切に思ってくれる人のためなら、私はいくらでも尽くせる。
「大切に思ってくれる人」は多くはないが、ゼロでもない。

自分が制御できない要素で感情を振り回されたくない。
だから私は、本心から信頼できる人以外には「人のため」を封印し、壁を作ることで自分の世界を守っている。

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