以前から私には、人前に立って皆を導くような、かっこいい人になりたいという欲求があった。
それ故に色々と挑戦してみたものの、見事なまでに手ごたえがない。
それはもう、引くほどに。
一方で、目立ちたくないのに目立ってしまう知人がいた。
自然と目で追ってしまうような、華とカリスマ性、そしてセンスがある人。
けれど本人はその才能を微塵も求めておらず、むしろそのせいで「やりたくない事まで求められる」と困惑さえしていた。
表に出ることがてんでうまくいかない私は、試しにその人の裏方に回ってみた。
するとどうだろう。私が裏方に回ることで彼女は表に出る負担が減り、更にいきいきと輝き始めたのだ。
そればかりか、今まで私に一切見向きもしなかった人たちまでもが寄ってきて、「同じように裏方をしてほしい」と頼んでくるようになった。
裏方に徹したとき、私は昔の表側にいた時とは全く違う、確かな「手ごたえ」を感じていた。
皆が「眩しい」と仰ぎ見る人の後ろで、その光を支えること。
そこに私の存在意義があったのだ。
ではここで培った裏方のスキルを、自分自身を輝かせるために使ってみるとどうなるか。
あら不思議、今度は全く見向きもされない。
それを何度か繰り返したところで、私はようやく「自分は表に出る人間ではない」と心の底から納得した。
頭ではとうに理解していたけれど、ずっと納得ができなかったのだ。
だって、あまりに悔しいじゃないか。
なりたいものと、なれるものは違う。
才能というやつは、本人の意志とは無関係に、それぞれバラバラに与えられているらしい。
求めていないのに持ってしまうこともあれば、どんなに焦がれても手に入らないこともある。
残酷なようだけれど、その事実をスッと受け入れることができたとき、私は自分が一歩成長できたように感じた。
自分が求めていたものと、与えられた才能は全く違ったけれど、今はこうなってよかったと心から思える。
大勢に向けてではないけれど、「人を導く」という才能自体は私の中にも確かにあるのだから。
私が影から支えることで、目の前の個人が表舞台で幸せになっていく。
それを知ることは、今の私にとって一番の喜びなのだ。

