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ひゃくえむ。登場人物のエニアグラムを考察してみた。

エニアグラム

今回は、神作品ひゃくえむ。キャラのエニアグラムを考えてみるよ。
こちらの内容は原作漫画を元に作成しているので、映画と違う場面が多々あります。

ネタバレ全開注意

トガシ 6w7

タイプ6ウィング7

幼少期から「楽しいかどうか」ではなく、自分を証明する手段として“足の速さ”に依存してきた。
その成功体験が強く刷り込まれた結果、社会人になっても才能や能力が限界に近い状態でも競技を手放すことができず、“変化することへの恐怖”から継続を選び続けている。

この背景には、「常にトップでいなければ自分の価値がない」という強い思い込みがある。競争心というよりも、“1位というポジションそのものへの依存”に近く、小宮に1位を奪われて以降、成績が振るわなくなった点からも、その脆さが見て取れる。

「1位を取られない環境」を基準に高校を選んだことも、環境設計によって自分の立場を守ろうとする思考タイプの特徴がよく表れている。
さらに、自分の居場所や役割を確認しようとする姿勢も強く、学生時代からカーストの最前線に立つ場面が少ないことからも、“トップに出ず、最前線の脇にいる立ち位置”がタイプ6を見え隠れしている。

また、過去の経験を基準に物事を判断する傾向が強く、思考や計画を優先して行動する場面が多い。
彼は高校時代、ラグビー部の暴行動画を撮影してそれっぽく編集し、ラグビー部の素行不良が問題になっている事実を調べたり材料を集めた上で、提案を持ち掛ける所も思考タイプらしい。

一方で、ウィング7の要素としては、人間関係の軽やかさが際立つ。強豪校を避けた理由も「精神的に耐えられない」と率直に語るなど、重苦しい世界を避けたい気質がある。また、人に囲まれている状態が自然で、社会人時代もプロ仲間と世間話を交わすことを普通と感じていた。
日本大会の場面でも、自身の選手生命が危うい状況でありながら小宮を鼓舞し、さらに見知らぬ小学生にも気さくにアドバイスするなど、「純粋に走る喜びを共有したい」という人間味と社交性が行動に表れている。

小宮 4w5

タイプ4ウィング5

小学校時代の小宮は、分かりやすくに「特別でありたい」「凡庸には埋もれたくない」という強い感情があり、その内側の痛みや劣等感を抱えながら生きている。
その感情を守り、形にするための手段として思考と研究を重ねる姿が、ウィング5色として前面に出ている。

小学生の頃から「1位を手に入れてみたい」と願い走り、仁神には「僕でも一瞬だけなら栄光を掴めるんですね」と語った場面に象徴されるように、小宮にとって“勝利”は単なる結果ではなく、自分の存在価値を証明する手段だった。
さらに「走ると気が紛れる」という動機も、喜びよりむしろ劣等感から目をそらすための逃避に近い。幼くして「自分には他より劣っている部分がある」という感覚を持ちながら、その穴を埋めるために走りに依存してきたのだ。

象徴性へのこだわりもタイプ4の特徴としてはっきり出ている。
愛用の靴をガムテープで補強してでも運動会まで使い続けた場面は、「ずっとこの靴と共に走ってきた」という物語性を優先した行為であり、合理性より感情と意味の一貫性を選ぶタイプ4らしさが表れている。これに対し、トガシが「一位を取るなら新しい靴にしたほうがいい」と“思考の正しさ”で返す対比も象徴的だ。

高校時代も「人に受け入れられない孤独」への恐れが根底にあり、「1位になれば部員とも親しくなるし、仲間にとって必要な存在でいられる」という論理で走っていた。しかしその奥には、勝利ではなく居場所・友情・承認への渇望が常にある
財津の「ちっぽけな細胞の寄せ集め一人。人生なんてくれてやれ」という情緒的で象徴的な言葉に突き動かされ、イップスを克服したのも、理屈ではなく感情で生きるタイプ4をよく表している。

一方で、外側の行動にはウィング5の特徴が鮮明だ。小学生時代から陸上雑誌で研究を続け、中学では独学で走りを探求し、選手時代には「偉大な記録しか見ない」というように、世界を抽象化し高みに理想を置く傾向がある。また、「傾向と対策はしっかりしている」という姿勢や、知識を蓄えることを苦にしない姿勢にも、明確な5の思考パターンが見て取れる。

ただし重要なのは、小宮にとって思考は目的ではなく“感情を守る手段”であるという点だ。自分の痛みと向き合いながら、それでも特別でありたいと願う核心部分にタイプ4があり、その特別性を崩さないための鎧としてタイプ5が機能している。

仁神 1w2

タイプ1ウィング2

根底には“正しさ”と“理想”への強い執着があり、その信念を軸に自分を律しながら生きてきた人物だ。
父親を絶対視し、価値観への反発や不満を抱いても表に出さない姿勢は、「あるべき自分」への厳しさを物語っている。彼は善良で勤勉な優等生でありながら、内面には常に「正しくなければならない」という緊張と自己圧が存在し、それゆえに0か100でしか動けない不器用さが生まれている。

表情に柔らかさが少なく、言葉も淡々と端的。
身体が限界でも気持ちだけで走る小宮に対して「なんか怖い」と嘘やごまかしもせずに、伝える率直さがそのまま人格の輪郭になっている。
この言葉に深みのないあっさりした感じが、思った事をそのままを伝える本能タイプらしさを感じた。

また仁神は度々自分自身の感情表現が上手くないと感じる時がある。
これは感情を抑え込み、正しさを優先するタイプ1の典型的な傾向だ。
父親に勘当された場面でも、柏木の才能開花を見た場面でも、心理描写が他キャラより少ないのは、自分の感情を“表現するものではなく管理するもの”として扱っているからではないだろうか。

しかし、その抑圧は決して消えるわけではない。
優等生でありながら、怒りが頂点に達したとき暴行事件を起こしてしまったように、抑えてきた衝動が一気に噴出する瞬間がある。
これはタイプ1が抱える「怒りの爆発」という典型的な影である。普段は自分にも他人にも厳しく、正しさに従おうとするが、限界点に達したときモラルの堤防が決壊してしまうのだ。

授業で聞いた「ライバルは自分を成長させる」という言葉を深く吟味せず、すぐ実行に移してしまう姿には、思考より“信念の行動化”を優先する身体タイプとしての特色が出ている。合理性やリスクの計算ではなく、「正しいと思ったからやる」。それが彼の行動原理であり強さでもあり、同時に危うさでもある。

「信念も失った。だからこれからは諦念が俺を押す」という言葉は、仁神の本質を象徴している。感情型が「希望や愛」で走り、思考型が「必要性や未来の論理」で走るとすれば、仁神の原動力は“信じる軸があるかどうか”その一点だけだ。信念さえあれば進めるし、失えば崩れる。
だが一度折れたあとでさえ、彼は再び自らの信念を作り直し、本能の地平から立ち上がる。ここにタイプ1の“不屈の理想主義”がある。

仁神には2の要素も随所に見える。高校時代、いじめられている生徒を助けたり、部員2人を除いた全員から距離を置かれても「2人が応援してくれるなら頑張れる」と語ったように、彼は“人の役に立ちたい”という欲求を奥に持っている。トガシと小宮の競争を見守り、倒れた小宮に真っ先に駆け寄ったのもその現れだ。

ただし、タイプ2の「相手の望みを完全に叶えたい」という献身性までは持たず、あくまで“正しさの範囲で人を助けるに留まっている。この距離感がまさに1w2の等身大のあり方と考えた。

財津 8w7

タイプ8ウィング7

彼の根底にあるのは「支配されない強さ」と「自分の人生を自分の手で切り開く」という意志の圧力だ。
態度は大きく、言葉は少なく、相手の機嫌を伺うことも一切ない。
高校への講演で校長のご機嫌取りを完全に無視し、勘違い発言すら「そうですね」と受け流した場面には、“本音を語る価値のある相手としか対話しない”という彼のスタンスが象徴的に表れている。

「浅く考えろ」「人生舐めろ」「保身に走るな」「勝っても攻めろ」

その一言一言は、思考や感情を経由するより先に本能と闘争心で世界にぶつかるタイプ8の生き方そのものに感じた。
彼自身が無敗の選手となってしまってから「闘争心という牙を抜かれた」と語ったように、彼の原動力は常に“戦い続ける相手”にある。
だからこそ「1人で走る虚しさ」を嫌い、ライバルを求め、「前に誰もいない走りは最下位と同じ」と断言する。
勝負の中にしか生の実感を見いだせない姿は、孤独と強さが裏表になっているタイプ8の典型といえる。

興味深いのは、財津がときおり見せる“世界の捉え方”だ。「ちっぽけな細胞の寄せ集め」「人生なんてくれてやれ」という視点は、人間ドラマにも繊細な感情にも寄らず、極めて大局的で、どこか冷笑的な現実認識に立っている。これは思考の人間らしい分析ではなく、力の論理を貫いた末に残った結論だけを握りしめている本能タイプ特有の単純化である。「生きるか、闘うか、それだけだ」という極端な秩序。それが彼の世界観を支配している。

インタビューや校長の言葉を無視し、必要な問いにだけ答える姿からも分かるように、財津は“同じ土俵に立つ相手”以外を人間関係としてカウントしない。

これは孤高に見えて、裏返せば「対等な相手がほしい」=「真にぶつかり合える絆への渇望」でもある。
タイプ8が抱える本質的な孤独が滲む部分だ。

一方で、彼が小宮に対してだけは目をかけているように見えるのは、偶然ではないと感じた。
エニアグラムにおいてタイプ8が分裂すると向かうのはタイプ5。
エニアグラムで該当タイプの分裂方向のタイプには良い印象を抱きやすいと言ったものがある。
その為、タイプ5を色濃く持つ小宮に財津が興味を示したのは、自分の影と可能性を同時に感じ取ったからではないのかと考える。

彼はライバルを求め、戦いを求め、そしてその不器用さゆえに孤独を背負う。
それでもなお前へ踏み込んでいく姿に、タイプ8の誇りと痛みが共存している、そんなキャラクターではないかと考察した。

海棠 7w8

タイプ7 ウィング8

私がひゃくえむの原作を読もうと思ったきっかけは彼だったりします。
名言も、行動も人間として憧れます。

本題

彼は一見分かりにくいタイプに見えるが、全体的に見ると「タイプ7(楽天家)・ウィング8(挑戦者)」の特徴があるように感じる。
彼の名言である「現実逃避をするために、現実を見る」という言葉は、タイプ7特有の“逃避癖”をうまく昇華した表現だといえる。


常にポジティブに未来を見据えながらも、現実から目を逸らさず、むしろそこに楽しさや意味を見出そうとする姿勢が印象的だ。

また、親睦会でのスピーチを軽々とこなし、人当たりもよく、能力も高い。その万能さと器用貧乏さは、まさにタイプ7らしい特性だ。
トガシが彼に相談した際も、まずは事実ベースで冷静に答えた上で、「それだと面白くないな」と切り返し、例え話で説明してくれる。この“即興性”と“楽しさの追求”も、彼らしい柔軟さを感じさせる。

世間で「財津か、小宮か」と優勝争いが取り沙汰されていた時、「俺は蚊帳の外か、寂しいね」とさらりと笑いながら言っていたのも印象的だ。
何十年も“財津という現実”を受け入れたうえで、「それでも自分は優勝する」と語るその姿勢には、タイプ7特有の“未来志向の高さ”が垣間見える。

さらに、トガシが「応援してくれる人のために走ることが現実逃避」と語った際、彼は苦言を呈しながらもその意見を否定しなかった。この「他者の考えを認める懐の深さ」と「揺るがない自分の軸」は、ウィング8の特徴が出ている部分だろう。
長年“万年2位”と呼ばれ、今ではその座すら譲った現実の中でも、なお勝利を信じて走り続ける姿勢。
そこに、ウィング8らしい強い意志と闘争心、そして「いつか勝てる」という希望的観測の高さが見て取れる。

最後に

やっぱり人を分析するのは好きだなぁと、改めて感じるまとめでした。
最近はあまり物語に深く入り込むことがなかったので、久しぶりに「好きだ!」と言える作品に出会えたのは本当に幸せです。
かなり長くなってしまいましたが、自分でもとても楽しかったです。

※これはあくまで考察であり、断定するものではありません。

画像引用:(c)魚豊・講談社/『ひゃくえむ。』製作委員会

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