最近、「宗教に入信する人が増えているのでは」と感じる。
これは数字ではなく、時代の空気からくる直感なんだけど。
私は昔から「宗教」というものに関心がある。
なぜ人はそれを信じ、どんな背景で入信に至るのか。
そこには、単なる信仰ではなく“人間そのものの構造”が見える気がする。
現実でも、宗教に関わる人は思っているより多い。
日本では宗教文化が隠れているだけで、身近にも信仰者はいるはずだ。
ただ、それを口に出しづらい空気がある。
多くの人は「救い」を求めて宗教に入ると一般的には言われるが、
実際には“神”や“教祖”ではなく、「グループ」や「共同体」に救いを求めているのだと思う。
日本人は疑い深く、人を信じるのが難しい。
だからこそ、「信仰すれば仲間になれる」という仕組みは、安心を得るためのわかりやすい手段になっている。
今、宗教が再び注目されている背景には、時代の不安定さがある。
社会の急速な変化、不景気、SNSの誹謗中傷
そうした要素が、人と人との信頼を削っている。
信じられるものを外に求める人が増えるのも、自然な流れかもしれない。
最近は、休日を“単独で過ごす人”が増えたと感じる。
血縁者か、ひとり行動か。
その姿を見るたびに思う。
今の時代は、人を信じること自体が難しくなっているのかもしれない。
信仰とは、神を求める行為であると同時に、
「孤独な自分をつなぎ止めたい」という、人間らしい願いなのだと思う。
※様々な事情があっての物だと思います。この内容は断定して語っているものではありません。一意見として、そういった背景もあるのではという考察です。


