スポンサーリンク

デザイナーと言うのに抵抗がある話

つぶやき

「デザイナー」という言葉を口にするのが、なんだか苦手だ。
誇りはある。けれど、どこか気恥ずかしい。

たぶんその理由は、この言葉に“特別感”があるからだと思う。
「クリエイター」という響きに近くて、
どこか“選ばれし人”のような印象がつきまとう。

でも実際のデザイナーの仕事は、もっと地味で、広くて、境界が曖昧だったりする。
だから「デザイナーです」と言うとき、
「自慢してるみたい」「変わり者っぽい」と思われる気がして、
つい言葉に詰まってしまう。

デザインの仕事をしている人たちは(自分を含め)、
良くも悪くも“団体行動が苦手”なタイプが多いと思う。
もちろん、仕事上ではきちんと関係を築くけれど、
“世間のあたりまえ”に合わせ続けるのが難しい。
どこかで息が詰まってしまうのだ。

きっと本質的に、個人主義者なんだと思う。

そしてもうひとつ。
「形で伝えることでしか、自分の感情を表現できなかった」
これが、私にとっての“クリエイティブ”の原点だ。

日本のように「全員が右へ」と動く世界では、
私は“右を向けなかった”。
「やらなかった」ではなく、「できなかった」。
そんな感覚がずっとある。

SNSでよく見かける、
「芸術センスがあるって言われたけど、つまり社会不適合ってことだよね」
というつぶやき。

私も学生時代は、そう思っていた側の人間だ。
けれど今は、少し違う見方をしている。

人それぞれに、“合う形”があるのだと思う。
全員が丸だからといって、自分まで丸く削る必要はない。
それよりも、「自分に合う形を見つけに行く」ほうが、ずっと楽だ。

もちろんそれには勇気がいるし、
不安が常に傍にいることにもなる。
けれど、長い目で見れば、その方がずっと安全な地盤になる。

自分の今を認めるのは、正直しんどい。
でも、それは妥協ではないと思う。
むしろ、人生を生きやすくするための一歩なのかもしれない。

自分の不器用さごと、もう少し優しく抱えていけたらいいなと思う。

タイトルとURLをコピーしました