会社を退社して数日。
休むことにも慣れてきたけれど、ふとした瞬間に罪悪感が顔を出す。
この罪悪感の正体は、きっと「世間と同じように働いていない自分」へのダメ出しだ。
生きているだけで、何の生産性もない。
そんな状態では、ここに存在していいのだと、どうしても思えない。
「人間としての在り方」そのものを否定されているような、息苦しさを感じてしまうのだ。
けれど、休みを経て、開き直りに近い感情が湧いてきた。
「頑張っていようがいまいが、自分が『休みたい』と思って辞めたんだから、休んで良い」
冷静に考えてみれば、私たちは「頑張らなきゃ」という言葉に縛られすぎている。
四六時中気を張って無理をして自分をすり減らしたところで、実はたどり着く結果なんて案外変わらないものだ。
だったら、休んでいる自分を責めるような暇潰しはせずに、今を全力で謳歌した方がずっと潔い。
ただ、「全力で謳歌する」といっても、世界一周の旅に出るとか、大盤振る舞いで買い物をするとか、そういう派手なことじゃない。
「眠いから寝る」
ただ、それだけのことだ。
常に心のどこかにあった「何かやらなきゃ」という強迫観念から、自分を解放すること。
おそらく、休みを謳歌すると決める前と後で、日々の行動自体は何も変わらないだろう。
でも、「今の、何もしない状態でもいいんだ」と、自分自身に心からの許可を出すこと。
それが私にとっての、本当の意味での『心の解放』だったのだと思う。

