本能タイプの話を調べていて、ふと腑に落ちたことがある。
私は 自己保存(SP)優位 で、性的(SX)盲点。
要するに「自分の生命線の維持が最優先で、刺激や融合の世界はちょっと遠いタイプ」だ。
で、私のエニアグラムタイプは6。
タイプ6で根源的恐れが「不安・恐れ」なんだけど、その中核には“見捨てられることへの恐怖”がある。
もっと言うと「自分を支えてくれる存在が突然いなくなるかもしれない」という警戒心だ。
そこから“自己への信頼の欠如”が生まれるという話。
これを読んで私は思った。
「この恐れは…私の中では いつインストールされたんだろう?」と。
エニアグラムというのは、生まれながらに持ち合わせている特性らしい。
だけど、幼少期の私はタイプ6で言われる忠実や、良い子とは反対の“手のつけられない子”だった。
でも、今の私はしっかり型にハマり、社会の歯車をやっている。
そんな理由から、生まれながらには少し疑問があって、なんか違う気もする。
ではあの“見捨てられ恐怖”はどのタイミングで刻まれたのか?
ひとつ心当たりがある。
父親からの「夜逃げ」
あの出来事の破壊力を、私は予想以上に舐めていた。
当時の父親は塀の中にいた。
そのタイミングで母が動いてくれて、私たちは夜逃げをした。
私は小学4年生。
外で遊んで帰ると、母にこう言われた。
「私とお父さん、どっちと一緒にいたい?」
迷わず母を選んだ。
選んだ瞬間、私は“家族の片側を捨てる”という経験をしたことになる。
新しい家に移動したけれど、転校はしなかった。
でもその後、父は学校の外に現れた。
そのとき私は悟った。
「私を連れて帰れば、母をまたつなぎとめられると思ってるんだ」と。
結果的には、その読みは当たる。
このあたりから、私の中の“破天荒さ”がしぼんでいった気がする。
スイッチを切るように。
「自分の身を守らないと、生きられない」
このSP的な価値観、そしてタイプ6の見捨てられ不安は、この時期に一気に形成されたんだなと、自分で腑に落ちた。
自分は子どもではなく、都合のいい道具という感覚。
その中で「良い子」に変貌したのは、適応というより、生存戦略だったのだと思う。
もちろん転校先の馴染めなさとか、細かいストレスも理由としてはあるかもしれない。
だけど人格を決定的に方向づけたのはあの夜逃げだった、と今は言える。
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