自分を知るって、普通にしんどい。
人によっては筋トレよりキツい。いや、筋トレは筋肉つくけど、
自己理解は心の脂肪だけ先に発見されるからタチが悪い。
私は性格タイプをまとめるとき、
「弱みを暴露してるみたいで超イヤなんですけど?」という気持ちが抜けなかった。
しかも自分の中で“理想の私”がまだ生きてて、「いやいや、こんな弱いタイプ私じゃないって!」と最後の抵抗を見せてくる。
お前はどの口で言ってるんだ。
でも、そんな抵抗で救われるのは “その瞬間の自我” だけ。
放置してたら未来の私が泣くし、最悪「人生版・積み残しタンス」になって一生ガタガタ言い続ける。
だから諦めた。
いや、諦めたというか “観念した” に近い。
だって未来のほうが人生長いし、今の恥より、未来の地獄回避したほうが得だ。
そうやって開き直った。
すると意外な副作用が起きた。
自分を認めた瞬間、自己受容出来るキャパが増えたのだ。
今まで延々とぶり返してきた自責・他責が、体感で半分の時間で片付くようになった。
多分それまで私は、“理想の私” というブラック企業の上司みたいなのにずっと詰められていたんだと思う。
「まだいけるでしょ?」
いや無理だよ。
んで、自己啓発本によくある「自分を諦めろ」
あれは結局「観念して受け入れろ」ってことだったんだなと理解。
最近読んだブログに、「自分の弱さを隠さず発信する人には、必ず一定数のアンチが湧く」と書いてあった。
なるほどと思った。
弱さを直視できない人ほど、それができる人を“羨ましく”思って、
羨ましいと認めたくないから“攻撃”に変換される。
それだけじゃなくて自分の“見たくない部分”までも発信者に投影しちゃって、それがイラ立ちに化けるパターンもある。
しかも本人はそれに気づいてない。
永遠の無自覚。
だから、自分を知るってつらいし痛いし、ときに自分の沼を覗き込む作業みたいなものだけど、それでも一瞬でいいから向き合ってみてほしい。
受け入れる強さは
その一瞬の勇気からしか手に入らないから。


