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日々の出来事

「私は社会でやっていけない」完璧すぎる彼女が抱える、優しさという呪い

日々の出来事

知人に一人の専業主婦の女性がいる。
彼女はよく、「私は社会ではやっていけない」と口にする。

しかし、私から見た彼女は、あらゆる能力がずば抜けて高く、おまけに容姿端麗だ。
彼女と一緒にいると、店員の男性からおこぼれでサービスしてもらえることが結構ある。
(なお、私一人だとサービスはおろか、すれ違いざまに「ブス」と吐き捨てられるレベルの差である)

彼女が社会人として派遣で働いていた時は、本社勤務を任され、さらには「正社員で働かないか」と直々にスカウトが来るほどだった。

誰の目から見ても、文句なしの「勝ち組」の能力の持ち主だ。

それなのに、彼女は口々に「働けない」と言う。

マウントではなく、エンパスゆえの疲弊

最初は、私への遠回しなマウントなのだろうかと思っていた。
しかしよく考えてみると、それは彼女の偽りない本心なのだと気が付いた。

彼女は、驚くほど清らかな心を持っている。
世間一般で言う「エンパス(共感力が非常に高い人)」というやつなのだろう。

人と接した際、言葉以外の非言語的な部分の情報まで、あまりに多く受け取ってしまうのだ。

自分の能力が高いゆえに向けられる、周囲からの僻みや嫉妬。
そして、容姿などで特別扱いをされている自分自身。

彼女はそれらを恐ろしいほど客観視できてしまう。

周囲のドロドロした感情や、自分の置かれている環境にただひたすら疲弊してしまうからこその、「働けない」だったのだと気が付いた。

「普通」を望んで、与えられなかった人

一方の私は、自分で客観視しても「とてつもない一般人」だ。
ゆえに、自分の意に反して目立ってしまうことが嫌だという人間の気持ちが、最初は全く理解できなかった。

しかし、その背景がわかってから彼女の話を聞くと、「ああ、なるほど」と腑に落ちた。

彼女はただ「一般」であることを望んでいたのに、それを与えられなかった人間だったのだと感じた。

それは、あまりにも悲しいことだ。

優しさが足かせになる世界

そしてもう一つ、痛感したことがある。
どれほど能力が高くても、その本人の性格に「優しさ」や「繊細さ」があると、この社会ではかえって足かせになってしまうんだな、ということだ。

それゆえに、今この社会で上に立っているのは、「能力はあるが、心がない人たち」ばかりで集約されているのだろう。

本当に、ムカつく世界だ。

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