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実体験日々の出来事

人嫌いではなく「自分を殺すこと」が嫌だ。

実体験

以前、「周囲が群れていると『自分も加わらないと』という強迫観念が発生する」という記事を書いた。さらにその前には、「人に合わせ続けたら人嫌いになった」という記事も書いた。

昔から今までの私は人嫌い&群れ嫌いなのに、群れないと怖いという二律背反の状態にある。
この際だから一つずつ分解して考えてみる。

そもそも人嫌いなのか?

いいや、元々は人好きだ。
ただ人と繋がり続けるには、自分の個性を抑え続けなければならないという制約が発生する。
私は「ありのまま」で居たいと願っているが、今の所その願いを叶えたままの関係構築は往々にしてできていない。(思い込んでいるだけの可能性もあるが)

実際は人嫌いではなく、「自分のままで居られない人間関係」が嫌なのだ。

群れから出されるのも嫌だけど、自分を押し殺しているのも嫌だ。

なぜ群れなきゃいけないのか?

幼少期、自分が好きなことしかせず、輪に入れなかった記憶がトラウマになっている。
物をあげないと遊んでくれないとか、空気を読まなければ不利になる現実。そうした体験から、私の中に強固なロジックが出来上がってしまった。

  1. 人に合わせない = 罰
  2. 罰 = 社会的土俵に入れてもらえない
  3. 社会的に入れない = 脅威
  4. 脅威 = 死の危険

この「社会になじめない=死ぬ」という考えの飛躍がどうしても治らない。

冷静に考えれば、これは生物としては「正解」かもしれない。
野生の世界や大昔の時代では、群れから弾かれることは死を意味した。

私の脳は、その防衛本能が過剰に、優秀に働きすぎているだけなのかもしれない。だけど、ここは現代の日本だ。
人を守るシステムもあるし、社会的に馴染めないだけで「死」には直結しない。頭ではおかしい考えだとわかっているのに、心がそれを受け入れられない。納得できないのだ。

たとえ3〜4人の小さな集まりであっても、そこに自分が入れないと、群れから追い出された弱者の気持ちになり惨めに感じる。

皆さんはどうなんだろうか。
周囲が群れを成していて、自分だけ輪に入れなくても平気なのだろうか。

もし平気だとしたら、どうやってこの「本能的な恐怖」と折り合いをつけているのか。
考えがあれば教えてほしいと感じる。

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