スポンサーリンク
つぶやき

存在するための対価

つぶやき


プレゼントをもらったとき、気づいてしまった。

「私には、祝ってもらう価値なんてない」

相手の好意は純粋だと分かっている。
それでも、心の中の「貸し借り帳簿」が一気に赤字へ転落する。

「それ以上のことを返さなければならない」

そう思った瞬間、お祝いの場は借りをどう返すかを考える場所に変わる。
喜びよりも、負債を埋める算段が先に立つ。

なぜ素直に受け取れないのか。

私の中には、こんな考えを持っている。

「生きるための対価を払っていなければ、存在してはいけない」

価値を生み誰かに寄与して初めて、ここにいていい。
だから無償の肯定は、身の丈に合わない特権のように感じてしまう。

厄介なのは、この基準を他人にも向けてしまうことだ。
生産性のない存在を、どこかで認められない。

誰かを裁く刃は、そのまま自分を傷つける。
払拭しようとも、長年染みついた思考は簡単には消えない。

だから今は、この居心地の悪さを否定せずに観測してみようと思う。

受け取れない自分も含めて、いったんここに置いておく。

応援してくれる人は下のボタンをクリック!
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分探しへ にほんブログ村 ライフスタイルブログ 30代の生き方へ にほんブログ村 ライフスタイルブログへ

コメント

スポンサーリンク
シェアする
タイトルとURLをコピーしました