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実体験

日常の見え方が、社会の波に揉まれた事で変わっているんじゃないか?

実体験

家と会社の行き帰り。
かつては当たり前だと思っていたこの往復が、いつの間にか苦痛に変わっていた。

そんな中で迎えた、久しぶりの休日。
昼間に外へ出て隣県まで足を延ばしてみると、そこには普段の生活では決して出会わないような人々が溢れていた。

行き先も目的もバラバラな人々が混ざり合う、その自由さ。
学生や、趣味を謳歌する人たち。
休日ということもあってか、そこにはあの独特の殺気がない。

その穏やかな空気が、私にはまるで異世界の光景のように感じられた。

そのとき、自分の視野がいかに狭くなっていたかを痛感した。
私の通勤・退勤時間は、視界に入るほとんどが自分と同じスーツ姿の大人たちだ。
あの張り詰めた空気感こそが、世界の「当たり前」だと思い込んでいたのだ。

けれど一歩外に出れば、これほど多様な状況があり、それぞれの世界の見え方がある。
学生時代には当たり前に見ていた、色彩豊かな景色。

社会人という立場になり、感情を抑えて合理的に振る舞うことを求められるうちに、私の世界にはいつの間にかモノクロのフィルターがかかっていた。

元々そこにあった世界なのに、環境一つで見え方はこれほど変わる。
きっと、同じ電車に揺られているあの人たちにも、かつては色の鮮やかな世界にいた時代があったはずだ。

生きるために働くことに忙殺され、私たちはこの世界の本来の在り方を忘れてしまっているのかもしれない。

社会人になると、明るい外の光を浴びるのは基本的に朝だけだ。
オフィスは蛍光灯の光に支配され、外の世界からは隔離されている。

私たちの生きる時間は、知らぬ間に「昼」ではなく「夜」になっていたのだ。

けれど、あの日見た「バラバラでも許される自由な景色」は、今も私の中に強烈に焼き付いている。
すべてを変えるのは難しくても、せめて自分の心だけは、無機質な夜に染まりきらないようにありたい。

ささやかな贅沢や、遠くへ足を延ばす勇気。
そんな「昼の欠片」を拾い集めながら、私は私のために、この世界をもう一度選び直していこうと思う。

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