今回は自分軸が欲しい、人目を気にする自分を辞めたいと感じている人に向けて書く。
心のざわつきに向き合う
人と話す、広告を見る、ニュースを見る。
そんな日々の何気ない生活の中で、「なんでこの人はこんな事を言うんだろう」と感じたことはないだろうか。
そんな時に、自分へ投げてほしい言葉がある。
「なんで自分はそう思ったのか?」
「この人はこう言っているが、自分だったらなんというだろう」
これを意識してみると、外への目線が途端に内への目線に変わる。
もちろん、すぐにそう思えという訳ではない。
その出来事が終わったとき、一人で息をついたとき、電車に乗っているとき。
スマホを見ずに、出来事を振り返ることができるタイミングで行ってほしい。
感情を確定させるための「時間」と「強制力」
私は元々、自分の感情が理解できない人間だった。
日々のザワザワをブログで纏めていくうちに以前よりは理解できるようになったが、それでもその場の出来事の最中には、やはり自分の感情はすぐには分からない。
私の場合、心の対話には1週間かけることが多い。
まずは起きた状況を2、3日かけて大まかに理解する。
次に残りの4日で、出来事をブログなどに纏めながら自分の感情を考えていく。
書くことで、半強制的に自分と向き合う。
そうしてやっと自分の感情に気づくことができるのだ。
自分の感情を確定させるのにこれほどの時間が必要なのは、私が「他人軸」で生き過ぎてしまったが故の弊害なのかもしれない。
しかし、ここまでくると、おそらくこれは私の「個性」なのだと思う。
時間がかかっても自分の答えを出す。
この状態を欠点ではなく自分の能力だと知ることができたのも、「自分自身への問いかけ」を続けたからだ。
自分の「芽」を育てていく
とはいえ、最初から私のように深く見ていく必要はない。
入り口は、「自分だったらなんていうかな?」という問いを投げてみることからでいい。
それを続けていると、少しずつ自分の芽が出てくる。
あとはその芽を枯らさないように、丁寧に育てていけばいい。
はじめは「人に振り回されないようにしたい」という動機でいい。
それがいつの間にか、自己理解や自己受容へとつながっていくはずだから。

