最近、ある田舎で一泊した。
スマホを触るのも何だかもったいなくて、ボーっとホテルの部屋から外を見ていた。
時刻は19時頃、ホテルの前は大通りで、結構大きな車道が整備されている。
しかし、通る車はほとんどない。
私は比較的人通りの多い場所に住んでいるので、19時にこの人気のなさを感じるのは、とても不思議な体験だった。
しばらく外を見ていると、小さなレストランのような店から2人ほどが出てきて、
明かりを照らしながら夜道を歩いていた。
それを部屋から眺めながら、ふと頭に浮かんだのは、
「利益がない場所なのに、なんで普通に働いていられるんだろう」という、結構失礼な考えだった。
私は、自分がいることでプラスになる環境でなければ、存在する意味がないと感じてしまうタイプだ。
仮に仕事がなかったりすれば、たちまち自分にかかる人件費に負い目や罪悪感を感じてしまう。
そんなことを考えながら、再び大通りに目を戻すと
そこには、いつも自分が生活している空気感がないことに気がついた。
私は比較的都会側に住んでいる。
それゆえに、常にどこかで疑念や不安を抱えながら暮らしている感覚があるのだと、
この時初めて自覚した。
田舎は時間がゆっくり流れている。
実際、道路を走っているときに、いきなり車が飛び出してきても、飛び出した本人はヘラヘラしながらやり過ごしているし、車通りが少ないため急停車で避けても大事に至ることがない。
都会で同じことが起これば、後続車もたくさんいるので、一気に大事故につながる。
でも田舎だと、それはただの些細な失敗の一つにしかならない。
こういう小さな出来事の積み重ねからも、
都会と田舎で「時間の捉え方」や「生き方」そのものが違うんだなと感じた。
都会はとにかくお金、時間、欲望に対する熱量がすごい。
それを追い求めるがゆえに、「余裕」というものを、無意識のうちに犠牲にしているのかもしれないと、改めて感じた出来事だった。
どちらが良い悪いということではないと思う。
ただ、人によっては都会より田舎の方が生きやすい場合も、きっと多いんだろうなと感じる。
私は変わらず、今までの場所が一番生きやすい。
都会で生き抜けるほどの野心は、正直持てない。
生きる場所の大切さを、改めて感じた瞬間だった。

