私は数週間前に会社を退職して、家にいるのが当たり前の生活になった。
この膨大な時間を、勉強や今後の人生を考えるために充てたい。
そう意気込んでいたはずなのに、現実は布団の上に寝転がり、スマホを触り続けて半日が終わってしまっている。
なぜ私は、これほどまでにスマホを触ってしまうのだろうかを、考えてみた。
視覚の「口寂しさ」
真っ先に思い浮かんだのは、「物足りないから」という感覚だ。
エスカレーターに乗っている数十秒や、電車の移動時間。
喫煙者がよく「口寂しい」と言うが、あれが視覚に反映されたパターンだと思ってほしい。
要は「目が寂しい」のだ。
目から常に何かしらの刺激が入ってこない状態そのものが、いつの間にか不快に感じるようになってしまっている。
沈黙からの逃避、周囲への同調
次に挙げるなら、「みんなも見ているから」だろう。
今やどこへ行ってもスマホを見ているのが当たり前で、ただ外の風景を眺めている人の方が圧倒的に少数派だ。
これは身近な人間関係でも起こる。
友人や家族と一緒にいる時、会話に沈黙が生まれたり話題が停滞したりすると、その居心地の悪い空間から逃れるようにスマホを開いてしまう。
せっかく同じ空間にいるのに、相手がスマホを見始めると感情の共有はそこで途切れる。
かといって、スマホを見ている相手をただ無言で見つめ続けるわけにもいかず、結局自分も同じようにスマホを開くという無自覚な同調行動を選択してしまうのだ。
「トレンドを見逃す」という強迫観念
最後は、「トレンドを見逃してしまいそうだから」という恐れだ。
ニュースやSNSの流行りなど、情報をより早く、より新鮮な状態で持っている方が有利だという感覚がどこかにある。
誰かにそう言われたわけではない。
しかし、「SNSの流行りを知っている前提」で話が進んだらどうしよう、時代に置いていかれるのではないかという強迫観念が、私の中に根強く存在しているのを感じる。
こうした要素に気づき、私は今「スマホ離脱」を目指している。
しかし、頭ではわかっていても道のりは険しい。
今日も、「2時間だけ」と決めていたのに、一つ見始めると「あれも、これも」と誘惑が押し寄せ、結局4時間も見てしまった。
強迫観念や逃避の癖を手放すのは簡単ではないが、引き続き自分の感情と向き合いながら、スマホ依存からの脱出に励んでいこうと思う。
皆さんは、自分自身を「スマホ依存症」と思いますか?

