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日々の出来事

発信者の行う「改悪」と読者離れの深層心理を考えた。

日々の出来事

先日noteで「Google AdSenseに通った」という記事を投稿したら、1日でフォロワーが4人ほど減ってしまいました。

ショックかと聞かれれば、正直少し寂しいです。
でも、いち読者としての自分を振り返ってみると「興味深い人じゃなければ即フォローを外す」タイプなので、不思議とスッと受け入れられました。

この出来事をきっかけに、なぜ発信者はあのような報告をしたがり、逆になぜ読者は「お金の匂い」がした瞬間に距離を置きたくなるのか。双方の心理が少し分かった気がしたので、書き留めておこうと思います。

まず発信者側の心理には、「フォロワーさんや読者は『味方』である」という前提があるように思います。 「私が嬉しいことは、いつも傍にいてくれるみんなも嬉しいはず」という純粋さ、悪く言えば一種の「自惚れ」です。

でも現実には、「記事を見ること=味方」ではありません。
基本的に読者というものは、その記事から「自分にとって有益な情報が得られる」というメリットがあるから読むのです。ブロガー同士の交流や付き合いという側面があったとしても、根底には「自身の得」を求めている部分があるはずです。

心に余裕がない時であれば、優越感に浸るため、下を見るため、憂さ晴らし……といった理由もあるかもしれません。

いずれにせよ、結局はどれも「自分のため」に過ぎないんですよね。

発信者も読者も、結局は「自分のため」。
そう考えると、読者は数あるコンテンツの中から貴重な時間を割いて、わざわざ記事を読んでくれているわけです。それなのに、発信者側の都合(我欲)で広告を見せられ、無駄な時間という「余計な負担」を強いられることになります。

読者側は広告というストレスを受けながら読んでいるのに、それによって発信者は収益という恩恵を受け、さらに調子に乗る。

すると発信者は記事を有料化したり、無料部分の質が落ちたり、あるいは更新しなくなったり……という負のループに陥りがちです。

発信者自身に「価値」がついたからこそ収益が発生するわけですが、昔から見ていた人にとっては「改悪」であり、気持ちを踏みにじられる行為に映るのかもしれません。

現代は魅力的なコンテンツで溢れています。
みんな、他人のために使う暇な時間なんてありません。

だからこそ、「読んであげていたのに」という恩を仇で返されたような感覚になり、腹が立ってしまうのでしょう。

その結果、フォロー解除という無言の意思表示で、「あなたには失望した」と突きつけて離れていくのだと思います。

ここまで書いていて、あるYouTuberのことを思い出しました。

会社員から自営業、そしてTikTokerになり、動画収益に全力を注ぐあまり方向性がガラリと変わってしまった人がいたんです。

妻子持ちの方だったので、お金を稼ぐ必要があるのは重々承知していましたが、動画に魂を売ってしまったような姿が好きになれず、結局私もフォローを外しました。

その時、彼が「動画の方向性を一気に変えます。これからも応援してくれたら嬉しい」と話していたのですが、あの時の彼の気持ちも、今回私が書いた心理に近かったのかな、とふと感じました。

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