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日々の出来事

お恥ずかしながら、窓際社員

日々の出来事

これ、本当に自分にとって恥ずかしい事実だから、書くかどうか正直かなり悩んだ。

それでも書くことにした。
なぜなら、これは決して特別な話ではないと思っているからだ。

最近、会社で大きな方向転換があった。
だがその波に乗れず、これまで担当していた業務が減り、結果として窓際社員のような状態になってしまった。

本来であれば、そこで必死に食らいついていくのが「あるべき社会人の姿」なのだろう。
けれど私は、自分のやる気のなさを理由に、その流れをスルーしてきた。

言われたことしかやらない。
そんな怠惰さも、原因の一つだ。

悲しいことに、原因の多くは私自身にある。

そしてこの状況になって、初めて窓際社員のつらさが分かった。
というわけで今回は、窓際社員のつらさについて整理してみようと思う。

会社に居場所がない

まず何より、会社に居場所がない。
発言権がない。
周囲と比べて、自分の価値が極端に低いように感じてしまう。

今の会社における私の価値は、正直「低い」と見て間違いない。
この会社に在籍し続ける限り、人の中で「下」として扱われている感覚は消えないだろう。
業務に貢献できていないのだから、当然といえば当然だ。(自分で書いていて泣けるが、事実だ)

存在そのものが必要とされていない感覚もある。
やる気のない社員が歓迎されないのは、まあ分かる。

仕事がないかと聞いても、「こいつは何を言っても無理」と思われているのか、まともに取り合ってくれない人もいる。
その結果、じわじわと自己無価値感を刷り込まれ、気持ちも自尊心も縮こまっていく。

窓際社員は「恥」とされる

窓際社員であるという事実は、とてつもなく恥ずかしい。
日本では、ほぼ容認されていない生き方だ。害悪社員扱いされることも少なくない。

だから圧倒的に理解者が少ない。
客観的に見れば、同じ状況の人は決して珍しくないと思う。
ただ、多くの人はそれを認められない。いや、私自身も含めて、認めたくないのだ。

その結果、「自分は違う」と思い込む、自己洗脳に近い行動を取りながら生きている人もいる。
それほどまでに、日本ではこの状態が「恥」とされている。

もちろん、社会的には負債と見なされることも多く、「無能」という烙印を押されることもある。

当事者になって初めて分かったこと

軽く窓際社員について調べてみると、知恵袋に「自分が窓際社員になってしまった」という質問があった。

それに対する回答は、「良かったじゃん、何もしてないのにお金もらえて」といったものだった。

それは、確かにそうだ。
実際、私もこの立場になるまでは、まったく同じ考えだった。

以前、同じような相談を友人から受けたことがある。
そのとき私は、「え、それ良くない?」と返していた。

だが、言われる側になって初めて分かった。
私はその友人の気持ちに、まったく寄り添っていなかったのだ。

今となっては、心から謝りたい。

結局その友人は契約期間満了で職場を去ったが、それまで私は、相手の気持ちを無視し、自分の価値観を押し付けていただけだった。

窓際社員を続けた先にあるもの

窓際社員を続けた結果、自分の無能さや「下」として扱われる現実に耐えきれず、真面目な人ほど精神を病んでしまう。

私も自分で言うのもなんだが、真面目な人間だ。
このまま窓際社員を続けるのは、正直つらい。

とはいえ、今仕事を辞めても、ま・じ・で転職活動をする気がない。
今の会社でやっていけないなら、そもそも会社勤め自体が向いていないと確信している。

だから、ひとまず一年はこのままでいるつもりだ。
…精神、もつかなぁ。
今のところ、答えは出ていない。

ただ、この話は表に出にくいだけで、実は同じ状況にいる人は意外と多いのではないかと思う。

そして、こうして悩めているということ自体が、まだ自分に向上心が残っている証拠なのだ。

会社にとって価値がない存在だとしても、私自身に価値がないわけではない。
そこだけは、絶対に忘れてはいけない事実だ。

もちろん、できる仕事がないか、やれる事は続ける。
そのうえで、しばらくはこの時間を「次のステップに進むための準備期間」として使わせてもらうつもりだ。

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