事の経緯については、前回の記事をご確認ください。
ことの発端は、自分の中にある「ADHD疑惑」に白黒をつけるための受診でした。
専門家の目から見ても重症だと言われるのであれば、薬物の服用も検討しようと考えてのことです。
予想外だった「医師のジャッジ」
てっきり病院では追加のテストなどを行うものかと思っていましたが、結果的には医師との会話(問診)のみで終わりました。
おそらくこれは、以前受けたWAIS(知能検査)の際に、ADHDとASDの問診も行ったデータが残っていたからかと思います。
ちなみに、その時の事前の問診データでは「ADHDは疑いあり、ASDは問題なし」という結果でした。
が。
医師いわく、「自己申告の問診の場合は、どうしても自分のイメージで回答してしまうため、正確さに欠ける」とのことでした。
もうこの時点で、プロである医師の目から見てのジャッジは、ある程度下されていたのでしょう。
「被害者」から一転、突きつけられた現実
かなりショックでした。
ADHDについてはある程度自覚していたので受け入れられます。
しかし、ASDに関しては別です。
私が今まで感じてきた生きづらさは、「みんな一緒を強要する日本社会のせい」ではなく、「私自身がズレていただけ」ということが証明されてしまった訳ですから。
会社に馴染みきれず、学生生活が苦行だったのも、私に問題があった。
今までは、「この世界がおかしいから、自分は生きづらいのだ」と思う時もありました。
ですが、実際のところ世の中で「おかしい」のは私の方でした。
なんなら、私が無意識のうちに数多くの他人に加害していた可能性もあるという訳です。
自己探求が招いた、皮肉な末路
30歳。ここにきて本当に、本物の自分の姿が見えてきました。
以前、私はこのブログで「自己探求は、ほどほどに」という記事を書いたんです。

私はそれを書いてからも、立ち止まらずに進み続けました。
その結果が、「今」です。
自ら警鐘を鳴らした人間が、リアルに同じ末路を実演してみせるなんて、最高に皮肉ですよね。
これからの私、一体どうなっていくんでしょうか?
怖いなぁと感じつつも、ここからだろ!と妙に前向きな自分も居るこの頃でした。

