最近、海外の整形番組を見ている。
「整形」と銘打ってはいるが、中身は形成外科の内容に近いものも多い。
番組内で手術を求めてやってくる人の中で目立つのは、
元々肥満で、数十キロの減量の末に皮が大量に余ってしまったというケースだ。
そういう理由で訪れる人たちは、口をそろえて「この体のせいで思うように行動できない」と嘆いている。
親戚に自分の姿を見せたくなくて集まりを避けているうちに、その親戚が亡くなってしまった。
恋人がほしいと思っているのに、この体では人と接触できない。
そんな「目の上のたん瘤」を抱えたまま何年も過ごすのは、
本人が思っている以上につらいことだったりする。
現状維持は、「生きていける」からこそ怖い
それでも彼らが長年その状態を放置してきたのは、
皮肉なことに「現状維持でも生きていける」ことを知っているからだと思う。
生きていけるとわかっているからこそ、行動して変わることを恐れる。
これは私自身にも、実体験として覚えがある。
体に出来物があった。
私生活では特に支障はなかったのだが、明らかに普通ではないそれに、変な目で見られたこともあった。「いつか取らないとなぁ」とうっすら思いながら、結局数年放置していた。
そして最終的には、当時の恋人に気持ち悪がられたことにショックを受け、即座に手術をして取った・・・という思い出がある。
それでも、結局は行動することになる
最初は耐えられていた些細なストレスも、積み重なれば耐えられなくなっていく。
人は基本的に現状維持を望むので、
そのストレスが限界に達するまでは、重い腰は上がらない。
これは事実だと思う。
私自身、恋人の反応というわかりやすい限界点があったから動けた。
裏を返せば、それがなければ、きっとまだ放置していたと思う。
だからこそ思うのは
もし自分にコンプレックスがあるのに、それに対処するほどの行動力がないという人がいれば、
そのコンプレックスをあえて意識し続けた方がいい、ということだ。
しんどいとは思う。
でもその方が、結果的に早く行動に移せるんじゃないかと思う。
「早くコンプレックスを取り除けばいい」と言うのは簡単だ。
でも、それができるなら、そもそも誰も苦労しない。
ストレスゲージを、あえて早く溜めてしまう。
ある意味、自爆行為にも近いやり方ではある。
でも、決して悪いやり方ではないと、私は思っている。

